水を信じすぎない。

水を信じすぎない。
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沢の水は、見た目だけなら完璧だった。

透明で、冷たくて、石の上を細く鳴りながら流れていた。手を入れると骨の奥まで冷える。口を近づけたくなる。自然は美しい。けれど、美しいものがいつも安全とは限らない。

僕はボトルを満たし、Sawyer Squeeze をねじ込んだ。0.1ミクロン absolute の中空糸膜フィルター。細菌や原虫、微細な粒子をこし取るための小さな道具だ。手のひらに収まる軽さなのに、川と身体の間に一本の境界線を引いてくれる。

袋を押すと、水がゆっくり落ちた。速くはない。指に力が要る。冷えた水が手の甲を濡らし、土の匂いが近くなる。待つ時間がある。待つことで、水を飲む行為が儀式になる。

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信じることと、確かめること

自然を愛することは、自然を無条件に信じることではない。

川の上流に何があるか、僕には分からない。動物が歩いたかもしれない。雨が土を流したかもしれない。目に見えないものは、見えないまま身体に入ってくる。だから、確かめる。道具を使う。慎重になる。

それは疑いではなく、敬意だと思う。

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フィルターを通した水は、少しだけ無音になる。飲み込むと、喉の奥が冷えて、胃の底に静かに落ちていく。命を支えるものは、いつも派手じゃない。水も、道具も、慎重さも。

Sawyer Squeezeは万能ではない。凍結させれば性能に影響が出ることがあるし、濁った水では目詰まりもする。使用後の洗浄も必要だ。自然の中で楽をする道具ではなく、自然と交渉するための道具だ。

僕は川を信じたい。でも、信じすぎない。信じるために、確かめる。その距離感が、人間と自然の間には必要なんだと思う。


森で会おう。

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