雨の日に書いた文字は、少し震えている。
焚き火は使えない。ザックの肩紐は冷たく、袖口から水が入る。木の葉を叩く雨音がずっと続いていて、世界全体が薄い膜の向こうにあるようだった。そんな中で、僕は立ったままメモを取った。
Rite in the Rain All-Weather Notebook は、雨や湿気の中でも書けるために作られたフィールドノートだ。紙は普通の紙より強く、水を弾く。鉛筆や対応するペンで書けば、濡れた現場でも記録を残せる。
ページを開くと、少しざらついた手触りがある。乾いた机で書くノートとは違う。雨粒が落ちても、文字がすぐには崩れない。そのことが、妙に胸に来た。
記憶は、濡れる
思い出は綺麗な形で残らない。
泥がつく。端が折れる。雨で波打つ。手が冷えて、字が乱れる。けれど、その乱れこそが、そこにいた証拠になる。あとで読み返したとき、整った文章よりも、濡れたページの歪みの方が鮮明に時間を呼び戻すことがある。
僕はその日、植物の名前をいくつか書いた。風向き。気温の感覚。沢の音。何でもない記録だ。でも、何でもない記録ほど、未来の自分を助ける。記憶は放っておくと薄くなる。だから、紙に預ける。
スマートフォンで写真を撮る方が速い。検索もできる。けれど、雨の中で親指だけで入力した文字は、僕の身体から少し遠い。鉛筆で紙をこする音には、体温が残る。濡れた手でページを押さえた跡には、その日の湿度が残る。
記録は、事実だけじゃない。手の震えも、迷いも、寒さも保存する。
Rite in the Rainは、記憶を美しく整える道具ではない。濡れたまま残す道具だ。濡れたままでも残る、と教えてくれる道具だ。
物語の舞台に在るもの
雨の中で揺れた文字を、そのまま未来へ渡すための相棒。
森で会おう。