僕たちは日頃、管理された食材ばかりを食べている。スーパーに並ぶ均一な形の野菜、完璧に真空パックされた肉。それらは清潔で、安全だ。しかし同時に、僕たちが大地から命を奪って生きているという実感も、どこか希薄にしてしまう。だから僕は、たまに森へ入り、野生の味をそのまま身体に入れるようにしている。
ザックの底から取り出したのは、角の丸いアルミ製の四角い箱だ。
多くのクッカーが丸型であるなかで、ユニフレームのこれは珍しい四角形をしている。この形状は、パッキングの際にザックのデッドスペースを消し去る極めて合理的なデザインだ。さらに、角があることで、沸かしたお湯をカップや水筒に注ぐのが驚くほどスムーズになる。注ぎ口(シェイプ)を作らなくとも、角のどこからでも細く美しい水流を作れるのだ。この無駄のない美しさが、僕はとても好きだ。
近くの沢で汲んできた水を山クッカーの半分まで満たし、バーナーにかける。アルミは熱伝導が早いため、強火を当てるとすぐに小さな気泡が底面から沸き上がり始める。湯が沸騰するのを待ちながら、僕はさきほど湿った斜面で採取してきたばかりの野草――ノビルやヨモギの若い芽――を冷たい沢水で洗う。泥を落とし、青々とした匂いが指先に移るのを感じる。
沸騰した湯に、ほんの少しの塩を落とし、野草を投げ込む。シュウと音がして、一瞬で鮮やかな緑色に変わる。野生の草は、栽培されたものに比べてアクが強く、苦い。しかし、その苦みこそが、過酷な自然を生き抜くために植物が蓄えた生命力の証だ。山クッカーの蓋を開けると、濃い草の香りが湯気とともに立ち上り、僕の顔を包み込む。
茹で上がった野草を、箸でつまんで口に運ぶ。繊維質の強い歯ごたえと、舌に残る強い苦み、そしてかすかな甘み。美味しいとは言えないかもしれない。しかし、身体の奥がシャキッと目覚めるような、根源的な「野生」の味がする。クッカーの底に残った薄緑色の茹で汁をすする。アルミの熱さが唇に伝わり、冷えた胃がじんわりと温められていく。
四角いクッカーのなかに満ちる熱と苦み。それは、僕が自然の一部であり、その恵みを直接身体に取り込んでいるという、最もシンプルで最も深い生存の確認なのだ。
森で会おう。
物語の舞台に在るもの
隅々にまで熱を伝え、無駄なく水を注ぎ出す四角いアルミ筐体。