出発前夜、床の上に物が増えていく。
レインウエア。防寒着。水。食料。救急用品。地図。予備電池。どれも必要に見える。ひとつ手に取るたび、それが役に立つ場面を想像できる。
想像できるから、減らせない。
山で足りないものがあった時、人は自分の判断を責める。あれを持ってくればよかった。その未来を先に恐れ、僕たちは使わないかもしれない物まで詰める。
ザックは荷物を入れる袋だ。
同時に、不安を形にする容器でもある。
mont-bell キトラパック 30は、日帰りから一泊二日の登山を想定した30Lの中型パックだ。高さ66cm、幅28cm、奥行き21cm。アクアバリアサックを含む重量は1.45kg。100デニールのバリスティックナイロンを本体へ、底部には210デニールを使い、背面にはEVAフォームと3Dメッシュを備える。
空の状態で、すでに1.45kgある。
その数字を、安心の重さと見るか、余計な重さと見るか。答えは、歩く人の身体と行程によって変わる。
空のザックも、何も背負っていないわけではない
軽さだけを求めるなら、もっと軽いパックがある。
キトラパック30には、調節できるトップリッド、底から荷室へ触れられるボトムアクセスジッパー、ショルダーポケット、フロントポケット、ポールループ、3Dフィットステー、厚みのあるハーネスとヒップベルトがある。水の浸入を抑えるアクアバリアサックも内側へ入る。
機能は重量になる。
だが重量は、単なる罰ではない。荷物を腰へ逃がす構造。背中に沿わせるためのステー。濡らしたくない物を守る内袋。疲れた時に必要な物へ早く触れるポケット。それぞれが、歩く身体のどこかで仕事をする。
ただし、便利な入口が多いほど、どこへ入れたか分からなくなることもある。ボトムアクセスジッパーからアクアバリアサックの内部へ直接は触れられない。防水を優先する詰め方と、素早いアクセスを優先する詰め方は、完全には両立しない。
道具は、矛盾を消してくれない。
どの不便を引き受けるか、選べる形にしてくれるだけだ。
空のザックも、何も背負っていないわけではない。設計者が選んだ便利さと丈夫さ、その代わりに増えた重量を背負っている。
人間も似ている。
何も持っていないように見える日でも、過去の判断や、言えなかった言葉や、まだ起きていない失敗を背中へ入れている。
必要な物と、怖いから持つ物
パッキングでは、物を三つに分けるとよい。
命を守る物。行動を続ける物。快適さを作る物。
だが実際には、四つ目が混ざる。
怖いから持つ物だ。
予備のさらに予備。使い方を覚えていない道具。誰かの装備表にあったから入れた物。持っていれば経験不足を隠せるような気がする物。
もちろん、備えは必要だ。天気は変わる。怪我をする。道具は壊れる。軽量化という言葉に酔い、必要な防寒着や水まで削るのは判断ではなく無謀だ。
それでも、一つずつ理由を言葉にしたい。
これは何のために持つのか。使う場面は想像できるか。使い方を知っているか。同じ役割を持つ物が重なっていないか。
答えられない物には、自分の不安が貼りついている。
重さへ、もう一度戻る。
1.45kgのザックへ、水と食料と装備が加わる。肩へ食い込む力は、グラムの合計だけでは決まらない。重い物を背中へ寄せ、左右の偏りを減らし、行動中に使う物を取りやすい場所へ置く。同じ総重量でも、置き方で身体への伝わり方は変わる。
感情もそうかもしれない。
消せない不安があるなら、せめて置き場所を決める。今すぐ使う心配と、下山してから考える心配を分ける。背中から降ろせないなら、身体の中心へ寄せる。
ただし、ザックの形が身体へ合わなければ、理屈どおりに荷重は流れない。キトラパック30の背面寸法は53cm。肩幅、胴の長さ、腰骨の位置は人によって違う。評判の良いパックでも、自分の背中ではハーネスが浮き、ヒップベルトが適切な位置へ来ないことがある。
店頭で可能なら、実際の行動重量に近い荷物を入れて背負いたい。肩だけへ重さが集中していないか。顔を上げた時にトップリッドが後頭部へ当たらないか。腕を振った時、ショルダーポケットやベルトが擦れないか。数分では分からない違和感もあるが、何も確かめずに山で初めて痛みを知るよりいい。
身体へ合わせることは、甘えではない。
我慢して背負えば、そのうち自分が道具へ適応すると考えたくなる。だが痛みを精神力で黙らせると、歩き方が崩れ、膝や足首へ別の負担が移る。道具の調整に身体を参加させる。そこにも、背負う責任がある。
荷物を減らすことは、自分を軽く見せることではない
僕は、軽やかな人に憧れる。
決断が早く、過去へ執着せず、必要な物だけ持って歩ける人だ。だが、無理に軽く見せようとすると、置いてきた物のことばかり考えてしまう。
手放せないなら、持っていけばいい。
ただし、その重さを誰かのせいにしない。自分で選び、自分で詰め、自分の肩で確かめる。重すぎれば一度床へ戻し、もう一度考える。
パッキングは告白に似ている。
僕はこれが怖い。だから、この一枚を持っていく。
僕はこの時間を守りたい。だから、少し重くてもこの道具を選ぶ。
僕はまだ経験が足りない。だから、行程を短くする。
そして、帰宅した後にも告白は続く。
結局使わなかった物を床へ並べる。使わなかったから不要だったのか、今回は条件が良かっただけなのか。救急用品や防寒着のように、使わないことが成功である物もある。行動食のように、余り方から量を調整できる物もある。
一度の山行で正解は出ない。背負って、使って、持ち帰り、次の夜にまた選ぶ。ザックの擦れや汚れと一緒に、判断の精度も少しずつ育つ。
そう言えた時、荷物の重さは消えなくても、意味の分からない圧迫ではなくなる。
キトラパック30のロールアップ部分を閉じ、左右のストラップを引く。実際に背負う前から分かることがある。ザックは、荷物を軽くする道具ではない。
自分が選んだ重さを、歩ける形へ整える道具だ。
背負うことから逃げなくていい。全部を持つ必要もない。
床に残した一つを見て、僕はようやく出発できる。
選んだ重さを、歩ける形へ
荷物だけではない。不安の置き場所まで整えて、背中へ引き受ける。
森で会おう。