文字を書く。
キーボードではない。ペンで書く。
使うのは、Pelikan Souverän M400。
ドイツの老舗が作る、緑縞の万年筆。
「スーベレーン(Souverän)」とは、ドイツ語で「優れもの」「王道」という意味らしい。
王様は、威張らない。
ただ、静かに仕事をこなす。
インクという名の血液
吸入機構(ピストンフィラー)を回す。
ペン先をインク瓶に浸す。
逆回しにする。
ズズズ、とインクが吸い上げられる音が指先に伝わる。
この瞬間が好きだ。
道具に血液を充填しているような感覚。
これで、こいつは「書ける」状態になる。
デジタルにはない、物理的な準備。
それが、書くことへの覚悟を決める。
緑縞の深淵
セルロースアセテートで作られた、緑色の縞模様。
一本一本、模様が違う。
光にかざすと、真珠のように輝く。
深い森の色だ。
書くことに疲れたら、この軸を眺める。
吸い込まれそうな深緑。
100年前のドイツの森に迷い込んだような錯覚。
紙を引っ掻く音
ペン先を紙に落とす。
金色のペン先(ニブ)は、柔らかい。
サリサリ、という微かな抵抗感。
ボールペンのように滑りすぎない。
適度な摩擦が、思考のスピードを制御する。
速すぎると、インクが掠れる。
遅すぎると、滲む。
思考の速度と、インクの流出量が同期する瞬間がある。
その時、僕は「書いている」のではなく、「流している」と感じる。
脳内の抽象的なイメージが、青い液体となって紙に定着していく。
軽さは、翼だ
M400は、驚くほど軽い。
持っていることを忘れるほどだ。
重厚な万年筆もいい。
でも、長時間書き続けるなら、この軽さが武器になる。
手の一部になる。
指の延長になる。
修正できないという緊張感
万年筆で書いた線は、消せない。
Deleteキーはない。
だから、一語一語選ぶ。
嘘をつけなくなる。
取り繕えなくなる。
紙に残ったインクの濃淡。
止まった跡。走った跡。
そこには、僕の迷いも決断も、すべてが記録される。
書き損じたら、斜線を引く。
その醜い跡さえも、思考のプロセスだ。
キャップを閉める。
カチッ、という小さな音が、思考の終了を告げる。
机の上には、青い文字で埋め尽くされた紙だけが残っている。
See you in the forest.