腹が減っている、という感覚は、時として人間の本能を恐ろしいほどに研ぎ澄ます。
日が落ちて急激に気温が下がった森の中。薪割りを終え、テントの設営も終わった僕の身体は、完全にエネルギーを使い果たしていた。コンビニで買ってきた弁当や、お湯を注ぐだけのカップラーメンで満たされる程度の空腹ではない。もっと深く、原始的な、細胞の髄から「命(カロリー)」を要求するような渇望。
僕は、焚き火の炎の中に、黒光りする鉄の塊を放り込んだ。
熱を蓄え、暴力を封じ込める鉄塊
鋳鉄(ちゅうてつ)製で作られたこのフライパンは、とにかく重い。片手で振ることなど到底不可能で、ただそこに「置く」ことしかできない。だが、その狂気じみた質量と厚みこそが、焚き火という不安定で暴力的な熱源をコントロールするための唯一の手段だ。
薄いアルミのクッカーでは、炎の熱がダイレクトに伝わり、肉の表面だけを焦がして内部は生のままにしてしまう。だが、分厚いスキレットは違う。炎から受け取った猛烈な熱を、一度その分厚い鉄の内部に「蓄熱」する。そして、蓄えた大量の熱エネルギーを、ゆっくりと、均一に、そして圧倒的なパワーで食材へと叩きつけるのだ。
スキレットから、かすかに白い煙が上がり始めた。
十分に熱された合図だ。
僕は、大ぶりな牛の赤身肉を、容赦なくその真っ黒な鉄板の上に落とした。
野生を取り戻すための儀式
ジューーゥゥゥッッ!!
凄まじい音と白煙が森の静寂を切り裂く。牛の脂が瞬時に溶け出し、赤身のタンパク質がメイラード反応を起こして茶色く変色していく。肉の焼ける暴力的なまでに暴力的な匂いが、焚き火の煙と混ざり合い、鼻腔を直撃する。
鉄が肉を「喰っている」。そんな錯覚すら覚える。
これは、洗練されたフレンチのコース料理や、低温調理器で管理された近代的な調理ではない。熱と脂と、そして僕の食欲が剥き出しでぶつかり合う、原始の儀式だ。
この重さが、僕を地面に留める。
もう一度、その重さを感じる。ひっくり返すと、表面には見事なまでの焼き色がつき、肉汁がグツグツと沸騰している。ナイフを入れる。中心部分はまだ赤いレアだ。僕は、その熱々の肉の塊を切り出し、口に放り込んだ。
……熱い。そして、美味い。
上品な味付けなどない。岩塩と、砕いた黒胡椒だけの味。だが、噛みしめるたびに、猛烈な「生き物」の味がする。焦げた脂の香ばしさ、肉の弾力、溢れ出す生命の熱。腹の底に、直接「燃料」が叩き込まれたような感覚。
胸の奥が熱くなる。これは、本当に、すごいんだ。
僕は夢中で肉を咀嚼した。マナーも何もない。ただの動物になって、肉を喰らい続けた。焚き火の煙で目が少し痛い。でも、口の周りを脂だらけにして肉を喰らっているこの瞬間、僕は確実に「森の生態系」の一部に組み込まれていた。
重さは、重力じゃない。それは、僕が今、他の命を自分の命へと変換しているという、罪と感謝の証明だ。
食い終わり、空になったスキレットを火から下ろす。まだジュウジュウと音を立てている鉄板に、僕はそっと水を少し垂らし、金タワシで焦げをこすり落とす。そして熱で乾かした後、薄くオリーブオイルを塗り込む。
こうして黒い鉄塊は、また火の記憶をその身に焼き付け、少しだけ黒光りを増す。LODGEのスキレットは、ただの調理器具ではない。それは、僕の中の眠っていた野生を呼び起こし、命を直接胃袋へと送り込むための「祭壇」なのだ。
森で会おう。