雨上がりの道で、濡れた落ち葉が靴底へ貼りついた。歩みを止めると、枝から落ちた雫が襟へ入り、首筋を冷やす。僕は地図を広げる代わりに、小さなノートを膝へ置いた。今見た分岐の形を忘れないうちに、線を一本引いておきたかった。
胸ポケットからFisher Space Pen Bullet EF-400を取り出す。閉じた状態では短く、片手の中へすっぽり隠れる。キャップを外し、軸の後ろへ差し込む。金属同士が触れる小さな感触のあと、短い筒が書くための長さへ伸びた。
閉じている時と、書く時。一本のペンが、二つの姿を持っている。
ポケットの中の小ささ
EF-400はクローム仕上げのBulletだ。真鍮の本体にクロームを施し、収納時は約九・六センチ、キャップを後ろへ差すと約十三・六センチになる。加圧式の黒い中字リフィルを使う。数字を並べれば、短さと筆記長の差は数センチにすぎない。
けれど、ポケットに入れて歩く道具の数センチは、ただの数字ではない。膝を曲げた時に身体へ当たるか。小物の間へ紛れるか。取り出す時に指が迷わないか。持ち歩くことと、使うことの間には、収納寸法だけでは測れない距離がある。
キャップを軸へ差すと、持ち手は一つにつながる。短いペンを無理に握り込むのではなく、部品を移して、書ける形へ整える。その一手間が、僕には少し好きだ。道具が完成する瞬間を、使う人の手に残しているからだ。
短いまま握って線を引こうとすると、指先だけへ力が集まり、紙の上で軸が落ち着かない。キャップを後ろへ移すと、掌の中に支点が生まれる。ほんの数秒の組み替えなのに、書く姿勢まで変わる。ポケットへ入る寸法と、手に馴染む寸法は同じではない。その差を、僕はノートの余白に線を引くたび指で覚えていく。
書き始める前に、僕はキャップが確かにはまったかを軽く見る。落としたら、濡れた葉の間から見つけるのは難しい。小ささは持ち運びの味方で、なくしやすさの側にも立つ。便利さだけを数えると、道具の片側しか見ない。
ノートへ、分岐の向きと、倒木の位置を書く。文章にはしない。後から読んだ自分が分かる程度の印だけでよい。急いで記録すると、何でも残せる気がしてくる。けれど、すべてを書けば、見たものをすべて受け取ったことになるわけではない。
書くことは、見たものを選ぶこと
加圧式リフィルは、通常のボールペンでは書きにくい姿勢や環境でも筆記できるよう設計されている。逆さ向きや水中、極端な温度環境でも書けるというメーカーの説明は、このペンの強さを伝えている。ただ、どんな紙でも、どんな濡れ方でも、いつも同じ線になるという意味ではない。紙の表面や水分、手の動きは、書く感触を変える。
僕が欲しいのは、どんな状況でも記録を続けられる万能感ではない。書く余地が残っていることだ。道に迷った時、目印を一つ描ける。気になった言葉を短く残せる。濡れた外気の中でも、手帳を開く理由がひとつあれば、ペンはポケットの重さから相棒へ変わる。
その日、ノートには三つしか書かなかった。分岐、風向き、濡れた岩。帰宅して読み返すと、最後の「濡れた岩」が、当日の足音を連れてきた。大切な思い出を書いたつもりはない。ただ、足を置く前に一度ためらった感触が、数文字の横に残っていた。
記憶は、完全な写しではない。書いた線も、見た景色そのものではない。それでも、小さな印があると、忘れていた身体の動きが戻ってくることがある。ペンが保存するのは経験の全体ではなく、戻るための取っ手なのだと思う。
短い道具は、短い言葉に向いている。そう決めつける必要はない。キャップを後ろへ移せば、手に収まる長さになる。だが、文章を長くするかどうかはペンが決めない。僕は一行を書き、周囲を見て、また歩き出す。
残さなかったもの
ノートを閉じた後にも、風の冷たさは残っていた。雫が落ちる音も、葉の裏の薄い色も、ペン先が紙を進む時のわずかな抵抗も、文字にならなかった。記録しなかったから失われたのではない。身体は、紙とは違うやり方でその場を受け取っていた。
僕は、書き残すことを大事にしている。けれど、記録がなければ経験が存在しないとは思わない。線にできるものと、線にしないまま抱えて歩くもの。どちらかを選ぶたび、もう片方が消えるわけでもない。
Bulletを閉じる時、キャップを軸から外す。さっきまで一つだったものが、短い二つの部品へ戻る。手帳のページには、曲がった線と短い単語が並んでいる。きれいな地図ではない。誰かに見せるための完成品でもない。歩いた僕が、少し先の僕へ置いていく痕跡だ。
買う時には仕上げと品番を確かめたい。ここで扱うのは真鍮にクローム仕上げを施したEF-400。Bulletには黒や金色、別の仕上げもあり、見た目だけで同じ仕様と決めないほうがいい。楽天の商品ページではEF-400クロームとして販売されている。自分のポケットへ入る一本を、名前まで確かめて選ぶ。
夜、ノートを棚へ戻し、ペンを胸ポケットから机へ置く。光を受けたクロームの表面には、僕の指が触れた跡がぼんやり映る。磨けば消える跡だ。けれど今日書いた線は、磨くものではない。明日、必要がなければ読み返さなくてもいい。
書くことは、忘れないためだけにあるのではない。いったん手から離し、また必要な時に戻れるようにすることでもある。
短いペンを閉じる。短くなったから、今日の時間まで小さくなるわけではない。キャップを戻した金属の感触が、手の中に少し残る。僕はノートに書かなかった雫の冷たさを思い出し、言葉にしないまま灯りを消した。
雨に濡れた手で使った後は、キャップの内側や軸の継ぎ目へ水分を残さないよう布で拭く。金属の表面が曇っても、すぐ強く磨く必要はない。まず乾かし、リフィルが緩んでいないか確かめる。小さなものほど、なくした時には代わりを探せても、使い慣れた手の順番まではすぐ戻らない。僕はしまう前にキャップを閉じ、ノートと同じポケットへ戻す。その定位置が、次に書く時の迷いを減らしてくれる。
ノートをしまう時、僕は書かなかった音を一つだけ覚えておこうとする。水滴が落ちた音は、線にならなくても手元にある。
物語の舞台に在るもの
閉じて運び、開いて残す。掌の中で長さを変える一本。
森で会おう。