午前四時。テントの生地に結露した水滴が凍りつき、バリバリに硬くなっている。
シュラフ(寝袋)から顔を出すと、吐く息が濃い白になって暗闇に溶けた。外の気温は、おそらく氷点下を何度か下回っているはずだ。冬の森の底冷えは、物理的な温度というより、鋭利な刃物のような痛みとして皮膚に突き刺さってくる。
膀胱の膨らみ、あるいは焚き火を熾さなければならないという義務感。理由はなんでもいい。とにかく、僕は今すぐ、この温かく安全なシュラフという「繭」から這い出し、あの恐ろしく冷たい外の世界へと踏み出さなければならない。
その境界線を越えるための、小さな勇気について。
ダウンを履く。足元からの熱の保存。
テントの前室に、無造作に転がっている黒い塊。SUBU (スブ) のウインターサンダル だ。
分厚いソックスを履いたままブーツの靴紐を結ぶのは、この底冷えする時間帯にはあまりに過酷な作業だ。僕は震える指先でジッパーを開け、裸足のまま、その黒いサンダルに足を滑り込ませた。
その瞬間、想像を超えた温かさが足先の神経を包み込む。
内側に起毛加工された起毛素材と、4層構造の分厚いインソール。それに、アッパーのダウンのような中綿。裸足で雪の上に立っているはずなのに、足先だけがまるで暖炉の前に置かれたように熱を保っている。まるで、小さな羽毛布団をそのまま足に巻き付けているかのような感覚。
足先が温かいだけで、不思議なことに、全身の震えが少しだけ収まるのを感じた。
熱の保存。
それは、過酷な自然のなかで生き延びるための、最も根源的な防衛本能だ。足先が凍えれば、心まで凍りつく。SUBUは、ただのサンダルを超えて、僕の熱を、ひいては僕の体温という「命」を地面から守るための防波堤(シェルター)として機能していた。
テントと世界の「境界」を歩く。
テントの外に出ると、空にはまだ冬の星座が青白く瞬いていた。凍てついた枯葉を踏むたびに、ザクッ、ザクッと乾いた音が響く。
かかとのないスリッパのような形状だから、長距離を歩くのには全く向いていない。足場が悪い場所では脱げそうになるし、防水性もブーツには劣る。しかし、テントの周囲を数歩歩き回り、薪を集め、トイレに向かい、そしてまたテントへと戻る。この「生活の境界線」を行き来するための機能において、これ以上優しく、頼もしい道具はない。
僕たちは、自然のなかにいるとき、シェルターの内側(安全)と外側(脅威)を常に意識している。テントのジッパーを開けて外に出る瞬間、世界は急に牙を剥く。
――怖い。でも、美しい。
その二律背反の感情を抱えたまま、外へ踏み出す。SUBUは、その怯える足をそっと包み込み、「大丈夫だ、行ける」と背中を押してくれる。テントという「内」と、森という「外」。その絶対的な境界線を、この柔らかいサンダルはシームレスに繋いでくれるのだ。
脱ぎ捨てられた姿の、無防備な生活感。
焚き火に火がつき、炎が安定するのを見届けてから、僕は再びテントに戻る。
入り口でSUBUをぽんと脱ぎ捨てる。ゴロンと丸みを帯びたその無骨な形が、冷たい地面の上に転がっている。
その脱ぎ捨てられた、少しだらしない姿が好きだ。
それは、この過酷な大自然のなかに、僕という人間が人間らしい「生活」の痕跡を残している証明のような気がするからだ。戦闘靴のようなブーツではなく、家の中で履いているスリッパのような丸いフォルム。それが、この森の一部に僕の「居場所」を作ってくれている。
胸の奥が、炎の熱とは違う温度で熱くなる。喉の奥に、言葉にならない感謝が詰まる。
僕は、この頼もしい相棒をもう一度テントの中へと引き入れ、シュラフの横にそっと置いた。明日の朝、また僕を外の世界へと連れ出してくれることを祈りながら。
森で会おう。