インクの滲みは、思考の足跡 (Fountain Pen)

インクの滲みは、思考の足跡 (Fountain Pen)

キーボードを打つ指は速い。あまりにも速すぎる。
思考が形になる前に、予測変換が答えを差し出してくる。
効率化されたデジタルの白い画面の上では、迷うことは「ロス」であり、立ち止まることは「フリーズ」と呼ばれる。
だが、本当に大切なことは、そのロスやフリーズの中にこそあるのではないか。

だから僕は、夜の静寂の中で万年筆を握る。
キャップを回して外す、その重みのある感触。
ペン先が紙に着地するまでの、ほんのコンマ数秒の「間」。
そこに、本当の言葉が宿る。

抵抗という名の対話

紙の繊維にペン先が引っかかる感覚。
サリ、サリ、という微かな音。
それは僕の思考に対する、心地よい抵抗だ。
「その言葉で本当にいいのか?」
「その感情は嘘ではないか?」
紙とペンが、僕に問いかけてくる。
キーボードなら一瞬で打ち終わる一文を書くのに、倍以上の時間がかかる。
インクが染み込むのを待つその時間、僕は自分の内面と向き合わざるを得ない。
書くことは、考えることと同義ではない。
書くことは、祈ることにも似た、精神の掘削作業だ。

青い炎のような痕跡

青いインクが好きだ。
書いた直後の、瑞々しく濡れた青。それはまるで、血管を流れる静脈血のように生々しい。
時間が経ち、乾いた後の、少し枯れたような青。それは記憶の色だ。
デジタルで書かれた文字は、誰がいつ書いても同じ黒色、同じフォントをしている。
そこには「今、ここ」という身体性がない。
けれど、ノートに残るこの青い文字は違う。
迷って線が震えたり、インクが溢れて滲んだり、筆圧が強くなって裏写りしたり。
その日の湿度、その時の僕の体温、鼓動の揺らぎ。
それら全てが、インクの濃淡として記録されている。

読み返すと、当時の風の匂いさえ思い出せる気がする。
不便だ。インクの補充は面倒だし、乾くのに時間がかかるし、手も汚れる。
だが、その指についた青い染みを見るたび、僕は思う。
今日も思考の泥の中を歩いてきたのだと。
この染みは、僕が生きて、悩み、考えたことの何よりの証拠なのだ。