予報は雨率100%。普通なら、家に閉じこもる天気だ。
けれど僕は、あえてシェルジャケットを羽織り、森へと向かう。
雨の日の森は、晴れの日とは全く違う顔を見せるからだ。
葉を打つ雨音の合奏、湿気を含んで濃厚になった土と腐葉土の匂い、すべての彩度が落ちて、輪郭が曖昧になる水墨画のような世界。
その圧倒的な自然の質量の中を歩くとき、僕を守ってくれるのはこの薄いゴアテックスの一枚だけだ。
境界線を引く
フードを被り、ジッパーを顎まで引き上げる。
その瞬間、世界と僕の間に明確な境界線が引かれる。
バタバタとフードを叩く雨音は、どこか遠い世界の出来事のように響く。
外は冷たい雨の世界。中は僕の体温で保たれた温かい世界。
この薄い膜一枚が、僕の「個」の輪郭を強烈に意識させる。
守られている、という感覚。
それは母の胎内にいるような、原初的な安心感に近いかもしれない。
自然の脅威を肌で感じながら、同時にそこから切り離されているというパラドックス。
この安全な殻(シェル)の中から覗く雨の世界は、どうしてこれほど美しく見えるのだろう。
自由への切符
水たまりを踏み抜き、泥を跳ね上げて歩く。
防水透湿素材だの、耐水圧だの、そんなスペックの数値はどうでもいい。
大事なのは、この服が僕に「どんな天気でも進める」という絶対的な自由をくれることだ。
天候に左右されず、自分の意志で歩を進めることができる。
濡れることを恐れずに、嵐の中に飛び込んでいける。
その全能感は、日常の中で縮こまっていた心を解き放ってくれる。
ふと立ち止まり、袖についた水玉を見つめる。
完璧な球体となって転がり落ちていく雨粒。
自然の法則と、人間の技術が交錯するその一点に、僕は美しさを見る。
雨は敵ではない。
適切な装備さえあれば、雨はただの「現象」になり、やがて「風景」になり、最後には「遊び相手」になる。
フードの隙間から入り込んだ冷たい風に、僕は思わず笑みをこぼしていた。
まるで、秘密基地を見つけた子供のように。