研ぐという、瞑想。
刃物は、使えば鈍る。
これは、避けられない真実だ。
でも、砥石があれば、何度でも蘇る。
ナイフを研ぐという行為。
それは、単なるメンテナンスじゃない。
僕にとっては、「対話」だ。
Scene: 水と石と鉄
砥石を水に浸す。
表面に、細かい気泡が浮かんでくる。
十分に水を吸ったら、台の上に置く。
ナイフの刃を、砥石に当てる。
角度は、約15度。
ゆっくりと、前後に動かす。
「シャッ、シャッ」という、乾いた音。
水と鉄粉が混ざり、黒い泥のようなものが浮かんでくる。
それを洗い流し、また研ぐ。
この繰り返し。
時間がかかる作業だ。
でも、焦らない。
刃物は、急いで研いでも、良くならない。
Feeling: リズムの中に、心が静まる。
最初は、力を入れすぎてしまう。
でも、それでは刃が欠ける。
大切なのは、「一定のリズム」と「適度な圧」だ。
呼吸に合わせて、刃を動かす。
吸って、吐いて。
前に、後ろに。
次第に、雑念が消えていく。
頭の中が、空っぽになる。
ただ、目の前の刃だけに集中する。
これは、瞑想に近い。
座禅を組むよりも、僕には合っている気がする。
手を動かしながら、心を静める。
働くことと、祈ることが、同じになる瞬間。
Root: 鋭さは、哲学だ。
研ぎ終わったナイフで、トマトを切る。
刃を当てると、スッと入る。
力は、いらない。
ただ刃を置くだけで、トマトが切れる。
この感覚が、たまらなく好きだ。
「切れる」ということは、「余計な力を使わない」ということだ。
鋭い刃は、無駄がない。
それは、生き方にも通じる。
無理をせず、自然体で。
でも、芯は鋭く保つ。
研ぐという行為は、自分自身を研ぐことでもある。
刃物を手入れすることで、心も整う。
道具と人間は、同じ方向を向いている。
森で会おう。