水は、器で味が変わる。
信じないかもしれないが、事実だ。
僕が使うのは、銅製のシェラカップ。
使い古された、10円玉のような色のカップ。
金属の味がする
口をつける。
ふわりと、鉄っぽい、いや、銅特有の香りが鼻に抜ける。
嫌な匂いじゃない。
血の匂いに似ているかもしれない。
生き物の匂いだ。
チタンは無味無臭だ。軽くて優秀だ。
でも、銅は主張する。
「今、お前は自然の中で水を飲んでいる」と、舌に訴えかけてくる。
熱伝導という諸刃の剣
銅は、熱を伝える。
熱いコーヒーを注げば、カップの縁まで瞬時に熱くなる。
唇が「熱っ」となる。
冷たい水を注げば、指先が凍えるほど冷たくなる。
不便だ。
でも、それがいい。
中に入っているものの温度を、ダイレクトに伝えてくる。
断熱マグカップでは味わえない、温度との対話。
「今、熱いものを飲んでいる」「今、冷たいものを飲んでいる」という実感が、身体に染み渡る。
育てる楽しみ、変色の美学
最初はピカピカのピンクゴールドだった。
一度火にかければ、青く焼け、黒く変色する。
コーヒーの渋が付着し、内側は鈍い茶色になる。
洗剤で磨けば光るかもしれない。
でも、僕は磨かない。
その汚れは、僕が森で過ごした時間の堆積だ。
酸化被膜(パティーナ)と呼ばれるその変色は、銅が自らを守ろうとした証だ。
並べてみればわかる。
新品のカップと、僕のカップ。
明らかに、僕のカップの方が「濃い」。
存在の密度が違う。
直火にかける背徳感
シェラカップは、そのまま火にかけられる。
小さな鍋代わりになる。
焚き火の五徳に、無造作に置く。
中の水が沸騰し、ボコボコと音を立てる。
カップの外側を、赤い炎が舐める。
チタンなら歪むかもしれない。
アルミなら溶けるかもしれない。
でも、銅は耐える。
湧いたお湯で淹れたコーヒーは、なんだか少し、土の味がする気がする。
気のせいだろうか。
いや、きっと焚き火の煙の香りが移ったのだ。
唇に触れる、熱い銅の感触。
その鈍い金属の味と共に、僕は朝を迎える。
See you in the forest.