朝、カーテンを開けるという儀式

朝、カーテンを開けるという儀式

目覚まし時計の音が鳴るより少し早く、目が覚める。
まだ部屋は薄暗い。布団の温もりという重力圏から脱出するには、少しの勇気がいる。
だが、僕はエイッと体を起こし、冷たいフローリングに足を下ろす。
一日の始まりは、光を招き入れることから儀式的に始まる。

世界との再接続

重たい遮光カーテンに手を掛ける。指先に感じる布の厚み。
一気に左右に開け放つ。
その瞬間、世界が部屋の中になだれ込んでくる。
冬の鋭い日差し、あるいは春の柔らかな霞、雨の日の鈍い灰色。
昨日と同じようでいて、二度と同じ日はない。
澱んでいた部屋の空気が、新しい朝の粒子と入れ替わるのを感じる。
ホコリが光の筋の中でダンスしている。

窓の外を見る。街が動き出している。
遠くを走る車の音、鳥の声、風が木々を揺らす音。
僕が眠っている間も、世界はずっと動いていたのだ。
その当たり前の事実に、孤独と安堵が入り混じったような感覚を覚える。
カーテンを開けるという行為は、閉じこもっていた自分自身の殻を破り、再びこの巨大な世界システムにログインするためのスイッチなのだ。

光を食べる

窓辺に立ち、数秒間、全身で光を浴びる。
植物が光合成をするように、僕もまた光を食べてエネルギーに変える。
体内時計がカチリと音を立ててリセットされる。
「おはよう」
誰に言うでもなく、今日という日に対して敬意を払う。
どんなに憂鬱な予定がある日でも、どんなに体が重い日でも、朝の光だけは平等に美しい。
その絶対的な美しさに、僕は救われる。
光は「やり直せる」という無言のメッセージだ。

さて、コーヒーを淹れよう。
お湯が沸く音を聞きながら、今日という一日をどう生きるか、静かにシミュレーションする。
カーテンの向こうには、まだ見ぬドラマが待っている。
準備は整った。さあ、行こう。