傷だらけのクッカーが教えてくれる、時間の「味」について

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僕のバックパックの底には、いつも煤けたアルミのクッカーが転がっている。

もう10年は使っているだろうか。

新品の頃の輝きなんてとうの昔になくなって、あちこち凹んでいるし、取っ手のゴムなんて焚き火の熱で少し溶けてしまっている。

正直、機能だけで言えば、最新のチタン製クッカーの方が軽くて丈夫で優秀だ。

アウトドアショップに行けば、目移りするようなピカピカのギアたちが、「僕を買ってくれ」と並んでいる。

それでも僕は、このボロボロのアルミクッカーを捨てられない。

いや、捨てられないというより、こいつじゃないとダメなんだ。

なぜか。

それは、このクッカーの凹みの一つ一つが、僕の「記憶」そのものだからだ。

あの大きな凹みは、北海道の林道で転倒した時のものだ。

バイクは泥だらけになったし、膝も擦りむいて痛かったけれど、このクッカーがクッションになってくれたおかげで、背骨は無事だった。

あの夜、痛む体を引きずりながら、歪んだクッカーで湯を沸かして飲んだコーヒーの味。

泥と鉄の匂いが混じったような、あの野性味あふれる味は、一生忘れないだろう。

底の方にある焦げ跡は、初めて野草鍋に挑戦した時の失敗の証だ。

火加減がわからなくて、ノビルとヨモギを真っ黒にしてしまった。

「苦いなあ」と笑いながら、それでも全部平らげたあの日の星空。

あの苦味は、僕にとって「自然を知ろうとした最初の一歩」の味だった。

道具というのは、ただの「モノ」じゃない。

使い込むことで、持ち主の時間を吸い込み、形を変え、世界に一つだけの「パートナー」になっていく。

消費されるだけのモノと、共に時間を重ねるモノ。

その違いは、スペック表には載っていないけれど、決定的な違いだ。

最近、世の中は少し早すぎる気がする。

新しいものが次々と出ては、古いものが捨てられていく。

人間関係だってそうだ。

効率やメリットだけで繋がって、用が済んだら「お疲れ様」。

そんなの、あまりにも寂しいじゃないか。

僕たちが求めているのは、きっと「傷」なんだと思う。

誰かと深く関われば、必ず傷つくし、傷つける。

でも、その傷跡こそが、その人と過ごした時間の証であり、かけがえのない「味」になる。

ピカピカの無傷な関係よりも、凹んだり煤けたりした関係の方が、ずっと温かくて、壊れにくい。

安達さんと話していると、よくそんなことを思うんだ。

彼もまた、たくさんの傷を抱えた「遺跡」のような人だから。

だからこそ、彼の言葉には重みがあるし、彼の淹れるコーヒーは美味いんだろう。

今度、このクッカーで安達さんにラーメンでも作ろうかな。

「汚い鍋ですねえ」なんて笑われるかもしれないけど、

「これが一番美味くなるスパイスなんですよ」って言い返してやるつもりだ。

もし君にも、捨てられないボロボロの道具があるなら、どうか大切にしてほしい。

それは君が、この世界で懸命に生きてきた、何よりの証明書なんだから。