古い道具には、魂がある。
アンティークショップで見つけた、古い大工道具。
鉋(かんな)だ。
木製の台座に、刃が仕込まれている。
持ち主の手垢で、柄が飴色に変色している。
これを手に取った瞬間、僕は感じた。
「ああ、この道具は、生きていたんだ」と。
Scene: 誰かの人生が、手に残る。
新品の道具は、まだ「物」だ。
でも、使い込まれた道具は、違う。
それは、「時間の塊」だ。
持ち手の部分が、微妙にくぼんでいる。
何千回、何万回と握られた痕跡。
刃の角度も、使う人の癖に合わせて調整されている。
この道具を使っていた人は、もういない。
でも、その人の「手」は、ここに残っている。
僕がこの鉋を使うとき、見知らぬ誰かと、時間を超えて繋がっている気がする。
Feeling: 道具は、記憶装置だ。
この鉋で木を削ると、薄い木片が、くるくると巻き上がる。
刃の切れ味は、今でも鋭い。
何十年前の道具なのに、まだ現役だ。
これを作った職人も、使っていた大工も、きっと誇りに思うだろう。
「良いものを作れば、時代を超える」
その証明が、僕の手の中にある。
使い捨ての文化の中で、こうした道具に触れると、
「永く使う」という価値観が、自然と心に染み込んでくる。
物を大切にすることは、時間を大切にすることだ。
Root: 道具を引き継ぐ、ということ。
いつか、この鉋も僕の手を離れる日が来るだろう。
でも、それは「終わり」じゃない。
次の誰かが、また使ってくれるかもしれない。
その人の手にも、僕の手の跡が、うっすらと残るだろう。
道具を介して、世代を超えた対話が生まれる。
それは、血縁ではない「継承」だ。
僕たちは、みんな繋がっている。
道具という「橋」を通じて。
森で会おう。