やあ。
静かな夜だね。
僕は今、手元にあるマグカップを眺めている。
縁が少し欠けていて、持ち手のところにはヒビが入っているんだ。
普通なら、もう捨ててしまうような代物かもしれない。
でも、僕はこのカップを捨てられない。
いや、むしろ新品だった頃よりも、今のこの姿の方に惹かれている自分がいる。
## 欠落が生む「余白」
完全な円は美しいけれど、どこか人を拒絶するような冷たさがある気がする。
隙がない、というか。
でも、この欠けた縁はどうだろう。
そこには、何かが入り込む「余白」がある。
この傷は、僕が森で転んだときについたものだったか。
それとも、焚き火のそばでうっかり落としたときのものだったか。
傷の一つ一つに、記憶が宿っている。
それは単なる破損ではなく、このカップが生きてきた証、履歴書のようなものだ。
## 不完全さを愛でる
「金継ぎ」という言葉があるね。
割れた器を漆で継ぎ、金粉で装飾する日本の伝統技法。
傷を隠すのではなく、むしろ景色として愛でる。
僕たちの人生も同じかもしれない。
失敗したり、傷ついたりして、心にヒビが入ることがある。
でも、そのヒビ割れこそが、その人の深みになり、味になる。
傷のない人生なんて、きっと味気ない。
苦味や渋みがあるからこそ、その奥にある甘みが引き立つように。
## 今夜のコーヒー
この欠けたカップで飲むコーヒーは、不思議といつもより美味しく感じる。
不完全な器が、不完全な僕を許してくれているような気がして。
もし、君が自分の傷を恥じているなら、どうかそのままでいてほしい。
その傷は、君だけの美しい模様なのだから。
また、森で会おう。
火を絶やさないように。